2010年10月19日

早産の苦労 ー子育て編ー

早産だけが理由ではないかも知れませんが、みっちゃんが産まれてから25日目にして
退院してきた直後の、大変だったこと。


みっちゃんより15日早く退院できた私は、
3ヶ月寝たきりだった体をなんとか社会復帰させるために
ぼちぼち頑張ってましたが、みっちゃんの面会に
行くだけで必死でした。

なので、みっちゃんの退院日の前日、
旦那さんのお母さんにはるばる福岡から来て頂きました。
みっちゃんが退院してからは、家事のほとんどは
お母さんにお任せし、私はとりあえずみっちゃんをみる、
という役割分担。

退院できる、といっても相変わらずあまり呼吸がうまくない
みっちゃん。
退院した夜は、心配で心配で、夫婦ともに一睡も出来ず。
なんか「きゅうきゅう」って言ってるし。
病院では酸素を計るモニターをつけてるから、
呼吸忘れてる時はエラー音が鳴って知らせてくれるけど、
退院したら丸腰。
「死んでないかしら?」って
時々確認してました。

そして、入院中は直接母乳をあげられなかったので
当時は母乳の出が悪く、ミルクと混合でした。
今までは自分のペースで搾乳すればいい生活でしたが、
みっちゃんが来てからは、みっちゃんペース。
何時だろうがおかまいなし。
おっぱいが出なければ足りないと言って夜中でも
構わず大声で泣きます。
「今ミルク作ってるんだから、ちょっと待ってーっ」
とあせあせ。
しかも、ミルク飲む時なんでそんな豚みたいに
ふがふが言うの??みんな寝てるから静かにしてえ。

おっぱいもミルクもあげたのに、寝る気配がないことも。
私はこんなにこんなに眠いのに、なんで
君は眠くないの?とまどろみながらうらめしく思ってました。
赤ちゃん用の睡眠薬が欲しい、と思ったことも。

病院では結構放置されてて、勝手に眠ったりしてたのに
なんだか抱っこして立って、揺らしてないと泣くんですけど。
布団に置いた瞬間目を覚まして泣くんですけど。
なんでこんなに泣くの??

さ、ごはん食べよ、ってタイミングで
「ひっひっひっひっ」っていうみっちゃんの声が聞こえ出し
焦ってごはんを口に放り込んだものでした。
食べないとおっぱい出ないんだからね。
みっちゃんが起きることが恐怖でした。

みっちゃんと一日中一緒にいるってこんなに大変なんだ・・・
と、へとへと。

自分に余裕がないと、赤ちゃんをかわいいと思うのって
難しいのかも知れません。
本当にみっちゃんがかわいい、と思えるようになったのって
3ヶ月くらいからです。
あやして笑うようになるまでは、自分でも心配になるくらい
愛情が薄かったです。
保育器に入ってる頃なんて、自分の子っていう実感も
なかったくらいです。
とりあえず、自分が生活するだけで毎日いっぱいいっぱいで、
大泣きするみっちゃんにおっぱいやミルクをあげて抱っこして、
っていうのをちょっと辛く感じてました。
「なんで泣いてるの?」
「眠いなら寝ればいいのに」
ってよく言ってた気がします。
私ってこんな薄情な人間なのかしら、
なんでもっとかわいがってあげられないのかしら、と思い
当時は誰にも打ち明けられませんでした。


2ヶ月の頃も、新しく出来たママ友と児童館で
遊びましたが、少し外に出ただけで疲れちゃって、
早々に退散。
他のママ友がすごく元気で、産後早々にお出かけした
話とかを聞いて、内心チョーびっくりしてました。

この頃には、同じ月齢の赤ちゃんとあまり大きさは変わらなく
なっていましたが、知能や行動の発達はいまいちでした。
それは5ヶ月の今でも少し差を感じます。

そういった差を、「個性、個性」と思って
いつも焦らないよう心がけています。

同じように早産だった友達の子も、
すごく大人しくてぼーっとしてたから、
自閉症じゃないかと思ってすごく悩んだとか。

でも、すくすく成長してます。
そういう性格だったみたいです。


今は、小学校入るくらいまでに、みんなに追いつけばいいでしょう、
くらいの気持ちでみっちゃんの成長を見守っています。

むしろ、成長してしまうのが寂しいくらい・・・
この腕のむちむちも、頭のにおいも
ふんわり髪の毛も、なくなってしまうのかー
と思うと、「大きくならないで〜」ってたまに
言っちゃいます。


きっと、もっと苦労あったんだろうけど
もう忘れちゃったみたいです。
それくらい、今はみっちゃんがかわいくてかわいくてかわいくて。

あ〜私にも我が子への愛情はちゃんとあったんだわ。



生後5日目のみっちゃん。
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3ヶ月後にはこうなりました!
腕がちぎりパン!!
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*切迫早産の入院生活
*早産の苦労 -出産編-
*早産の苦労 -退院後の面会編-



posted by youzi at 16:23 | Comment(0) | 切迫早産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年10月08日

早産の苦労 ー退院後の面会編ー

出産から10日経ち、私は退院することに。
まだ傷が癒えておらず、痛み止めなしでの生活が
出来ない状態だったので、先生はもう少し
入院することを勧めましたが、
なんせもう3ヶ月の入院生活。
おうちに帰りたい。
普通のごはんが食べたい。

という理由で退院。

みっちゃんはまだ呼吸がうまくできないし、
体重2700gが退院の目安ってことで、
まだそこまでは増えてないし、引き続き入院。

退院の日、病院を出たら、太陽が出てた。
風が吹いてる。
外のにおい。

涙が出た。

歩けないのでタクシーで自宅へ。

タクシーの中で、何を見ても新鮮な気持ちだった。

わ〜スカイツリーがめっちゃ高くなってる。

家に着いても退院したことを噛み締める。


と、しみじみしているのも束の間。
搾乳、搾乳!!

レンタルを依頼した搾乳器、symphonyが
まだ届いていないので手絞り。
首と肩が痛い。手も腱鞘炎になりそお。

でも、みっちゃんに母乳を届けなければ。
小さく産まれた分、少しでも栄養のあるものを。

搾った母乳は母乳バッグに入れて冷凍庫へ。
明日、みっちゃんに届けるんだ。


しかし、家に帰って来てもやっぱり傷が痛い。
円座クッションがないと座ることもできない。
でも、円座クッションの用意なんてしてないから、
とりあえずバスタオルで円座を作る。

それにしても、我が家にはウオシュレットがついていて
本当に良かった。
最近は、ウオシュレットを出しながら
排尿すると、傷にしみないことを覚えた。
ウオシュレット、なんて素敵なマシンなんだろう。


今晩は旦那さまがごはんも作ってくれました。
さすが3ヶ月一人暮らししてただけあるね。
なんて手際がよいのでしょう。
今まで本当に苦労をかけました。
どうもありがとう。


さて、次の日。
いきなり朝から胡蝶蘭が届いた。
のぼさんからの出産祝。
いつもほんとにありがとうございます。

kochouran.jpg

気分があがった。

みっちゃんに会いに行くぞ!

痛み止めも飲んだ。

いざ、外へ。

今までなんとも思わなかった駅までの道のり。
なんて山あり谷ありなんだろう。
傷が痛いだけじゃない。
足が上がらない。
上り坂で足が上がらないから進まない。
めっちゃしんどい!!
信号だって青のうちに渡りきれない。
普段なら徒歩10分の道のりを30分以上かけて
歩いた。

みっちゃん、遠いよ。

電車に乗り、到着してからまた病院まで歩く。
病院に着いてからもみっちゃんにたどり着くのが
なんて遠いことか。

冷凍した母乳、溶けてないかしら。


冷凍した母乳は、ルートートのサーモキーパー、
イチゴ柄のバッグで持って行きました。
保冷剤も一緒に入れていたので、母乳は全く溶けず。



珍しくみっちゃんは起きてくれて、
ミルクを飲ませることができた。
直接おっぱいを飲んでもらうのは出産から
4週間ほどたってからでした。

せっかくみっちゃんに会いに来ても、
ここに来るまでで体力をかなり消耗。
病院で座っているだけでも疲れてしまう。
普通は赤ちゃんの顔を見ると疲れも吹き飛ぶ、
なんて言うのかしら。
みっちゃんに会っても、体がきつくてきつくて
仕方ない私は、みっちゃんへの愛情が足りないのかな。

「みっちゃんママは面会に来ても
いつもすぐに帰るね」なんて
看護師さんに思われてるかな、とか
勝手にナイーブになっていました。


みっちゃんが退院できるまであと13日。
それまでリハビリを兼ねた面会生活が続くのでした。


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posted by youzi at 09:58 | Comment(0) | 切迫早産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2010年10月06日

早産の苦労 ー出産編ー

最近、同じように早産だった友達と特に問題なく出産した友達と、
両方の話を聞くにつれて、
早産したことによる苦労っていっぱいあるんだな、
と思います。


23Wから切迫早産で絶対安静の管理入院をし、
34Wで出産して、赤ちゃんはすぐNICUの保育器に
入ってしまった私の、大変だったと思うこと。
つつみかくさず書いてるので、不快な表現もあると
思いますがご了承下さい。


<出産>
23Wからははり止めを点滴していたけど、
34Wで破水もしてるし、もう産んだ方がいいってことで
促進剤を点滴。
点滴を始めてしばらくすると、いきなり休憩する間もない陣痛が襲ってくる。
はりが治まったと思ったらもう次のはりが。
ずっと寝たきりだったから体力落ちてるんだけど。
この陣痛に耐えられるかしら。
出産に時間がかかると、寝たきりだった私だけじゃなく、
赤ちゃんも小さくて体力がないから緊急帝王切開になるかも。
それはいやだ。
はやく産んでしまわなくちゃ。
でも、促進剤が少なくて陣痛が弱い。いきみたくならない。
でも、無理にいきむ。
会陰だけでなく産道が裂ける。
大量出血。
縫合に45分。麻酔はほとんど効かない。
陣痛より、出産より、縫うのが痛かった。


<産後1日目>
出産の興奮と、裂けたおしりが痛くて眠れない。
腕が筋肉痛だ。
痛み止めの座薬を入れても、傷が痛い。
おしりが痛過ぎて、ベッドから起き上がるのもすげー
時間がかかる。
しかも、貧血で起き上がると気を失う。
病室内にあるトイレに行くのもナースコールし、
車いすで連れて行ってもらう。
ズボンもパンツも自分で下ろせない。
おしっこが傷にしみるので怖くてなかなか出せない。
ウオシュレットのすばらしさに感動する。
貧血と、傷の痛みで動けず、同じフロアのNICUに行けず。
みっちゃんに会えず。

<産後2日目>
せっかく眠れたのに、夢の中でおっぱいが
溶岩になっていて、熱くてかたくて、痛くて
目が覚める。
みっちゃんがNICUに入っていて、おっぱいを
飲んでもらっていないので、ガチガチおっぱい。
助産師さんに母乳マッサージをしてもらう。
これまた陣痛よりつらい。
たった数ccのために、死ぬ思いで母乳を絞り出す。
それをシリンダー(注射器みたいの)で吸う。
痛い。痛い。痛い。
おしりの傷も痛い。
うんちを出すのにものすごく勇気がいる。
傷が裂けるんじゃないかという恐怖と戦いながら
ゆっくり深呼吸しながら、きばらずに。
多分初日は30分くらいかかった。
下剤がマグミットだけでなく、
漢方も処方された。
この日は、車いすでみっちゃんに会いに行ったよ。
みっちゃんは寝てた。
みっちゃんに管がいっぱいついてた。
「みっちゃんも、すごい頑張ってる。
こんなちっちゃいのに」
体力がなく、傷も痛く、車いすに座っているのも
疲れて苦しくなってくる情けない自分に泣けてくる。
「みっちゃん、また明日ね」
と言ってNICUを早々に退去。
1日何回も顔を出すママもいるのに、私はたった1回。
しかも数十分でさよなら。ごめんね、みっちゃん。

<産後3日目>
下剤のせいで常にもよおしてるような感覚。
おなかもぐるぐるいってるし。
でも、立ちくらみがなくなったので、
トイレは一人で行けるようになった。
助産師さんに手伝ってもらいながら搾乳器のある搾乳室に
行って3時間おきに搾乳。
夜中も。
眠いよ。
痛み止めの座薬は間隔を6時間あけないといけないけど、
4時間半くらいたつと、切れ始める。
痛くて何もできなくなる。
「早く座薬、座薬を〜」と、心の中で叫ぶ。
保育器の中のみっちゃんに、自分の子という
実感がない。
小さな穴から手を入れてみっちゃんを触る。
まるでペットショップのペットだ。


こんな入院生活が、10日間続きました。



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posted by youzi at 13:08 | Comment(0) | 切迫早産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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